『キレイゴトぬきの農業論』久松達央著

『キレイゴトぬきの農業論』久松達央著 新潮新書

農家の先輩で、いろいろと教えてもらっている茨城の有機農家久松達央さんが『キレイゴトぬきの農業論』という書籍を新潮新書から出版されました。有機農業をやっている人間が有機農業を客観的にかつ興味深く解説した素晴らしい本でした。
目次をみると一章は有機農業の三つの神話として

「神話1 有機だから安全」  「神話2 有機だからおいしい」 「神話3 有機だから環境にいい」

と最初から刺激的な内容です。

そして、実は私自身もこの3つは神話だと思っています。ただし有機だから危険、美味しくない、環境によくないと言っているわけではなく、有機農産物イコールで安全、おいしい、環境にいいというのは神話だと言っているだけです。つまり美味しくない有機野菜もあるし、環境に悪い野菜作りもできるということです。危険な有機野菜を作ることはちょっと難しいですが、できなくはないと思います。逆に、有機でなくても、安全な美味しい野菜作りはできるし、環境に優しい農業もできます。有機でなくても本当に美味しい野菜を作っている方はたくさんいらっしゃいます。
安全で美味しい野菜作りという目標を掲げたときに、“有機”“有機以外”という二項対立の分かりやすい図式を持ち込んでしまうと、目標が曖昧になり、下手をするとその目標に到達できないことがあるのではないかというのが、久松さんの意図するところではないかと思います。
この本は、農業にありがちな誤解をときながら、仕事論、農業の復興論、そして原発事故に直面した際のお話まで大変読みやすく書かれており、興味のある方はぜひ手に取って読んでみてください。

さて、この本を読みながら、ほとんどの部分はうんうん、なるほどと同意しながら読んでいたのですが、一点だけ見解が違う分があります。
久松さんは美味しい野菜の条件として、「旬であること」「美味しい品種を選ぶこと」「鮮度良くお届けすること」の3条件をあげており、栽培方法つまり有機肥料の有効性はほとんどないと書いておられます。
私は久松氏があげる3条件は必須だと思いますが、有機肥料の有効性は2割から4割くらいあるのではないかという考えの元、肥料設計を行っています。それは同じ時期に、同じ集落の他の農家さんが作る野菜よりも、自分たちの野菜のほうが美味しく感じるからです。まあ、自分の舌なので多分に偏っている可能性がありますが、集落の野菜農家の方がうちの野菜を買ってお中元として使ってくださることもあり、いまのところ有機肥料の有効性を信じてやっています。
冬の時期になると、久松さんを含んだ千葉・茨城の農家の方と共同で勉強会をやるのですが、この有機肥料の有効性の議論ではいつも千葉・茨城派閥と長野派閥で見解が分かれるところです。

そして一番共感して読んだ部分は、「美味しい野菜でお客さんに喜んでもらう」という山に登りたいがゆえに、直販型の有機農業というアプローチを採用しているのだという個所でした。たぶん僕たちは直販型の農業でなければ、農業自体にとっくに挫折していると思います。お客さんに喜んでもらえることにやりがいを持って野菜作りに励みますので、今後ともよろしくお願いいたします。

(「畑からのたより・11月号より)